もったいねぇ 6.30
職場で、今日は寝たきりの人のお部屋を訪ねてまわった。そして、いつも音楽をかけると喜んでくれるおばあちゃんのところへCDデッキを持っていった。部屋へ行くと、おばあちゃんはベッドの上でいつものように壁を見つめていた。
「あんがと」
音楽を流すと、おばあちゃんはいつものように、私にお礼を言った。しばらく二人で音楽を聴いてから、おばあちゃんに「体、さすりましょうか」というと、おばあちゃんは即座に首を振り「もったいねぇ」と言った。
「そんなん気にせんでええからね」と私が背中や足をさするとおばあちゃんは「気持ちええ」と言って、それから私のマッサージを受け入れてくれた。
“もったいねぇ”という言葉は、私にはとても新鮮に感じられた。もし私だったら、喜んでやってもらうだろうな。それどころか、やってくれなかったら「どうしてやってくれないのか」と悲観的にさえなるかもしれない。おばあちゃんは毎日毎日寝たきりで、思うように自分の体が動かせなくて、それに体中が痛いのに、それでも「やってもらったら悪い」と思えることがすごいと思った。
そしてそのことになぜか、おばあちゃんの女らしさを感じた。
しばらくの間、マッサージをしながらおばあちゃんと話をした。おばあちゃんはぽつりぽつりと、昔の話をしてくれた。
7人兄弟の一番上の子だったこと、20歳で結婚して8人の子供を生んだこと。
32歳の時に、主人が稲かけをしていて転落して亡くなったこと・・・。
「なんせ、明治生まれやからなぁ」とおばあちゃんは最後に言った。
明治かぁ・・・。多分私には想像もつかない激しい時代の変化の中を生きてきたんだろうな。
「あんがと、あんがと」
と部屋を出る私におばあちゃんはお礼を言ってくれた。
梅雨 7.3
しとしと・・・しとしと・・・。
しっとり雨が降って、なんだか心まで静かになる。木々や草花が、みずみずしく生き生きしてる。
私の家の前には草むらと竹林がある。
鳥の声につられて、家の外に出た。
私も草と同じように雨を受けながら、少し小道をあるいた。そういえば、雨が降ってても別にカサなんてささなくてもいいんだな。夏のにおいと雨のにおいが、とても心地よかった。
扉 7.19
大好きな友達と倉敷で会った。会うのは半年以上ぶりかな。その友達と会うときは、いつも少しどきどきする。そのどきどきの中には、きっと怖さがある。その人といると、いつも何かが起きるから。私自身の中で。
朝6時に待ち合わせ場所の神社にいると、友達がやってきた。遠くから「やっほ〜」と手を振りながら笑顔で来た友達は、前と変わりなくて、久しぶりに会ったような感じもなくて、少しほっとした。お互いに近況報告をしながら、美観地区へ。柳の木と同じように川の水面を見下ろしながら、二人で座って話をした。早朝だというのに、すがすがしさという
ものがなくむ〜んと蒸し暑い。おまけにものすごい数のセミが思いきり鳴いていて、会話がさえぎられるほどだった。
「さっち、セミってどうして鳴くのか知ってる?」
と唐突に聞かれて、「う〜ん・・・相手を探すため?」と言うと、友達が言った。
「やりてーよ!やりてーよーっ!どこかメスいねぇのかよーっ!!って言ってんだよきっと」
そのせりふの言い方にものすごく切迫感があったので、思わず噴出してしまった。
「でも、何年も土の中にいて、こうやって地上で生きるのは数日間なんだよね。その数日間の間に精一杯鳴いて相手探して、次の命を作って死んでいくってすげーよな。セミの鳴き声うるせぇって、それで終わらせるやつもいるけどさ」
それからしばらく、2人で黙ってセミの声を聞いていた。
一斉に鳴いたかと思うと少し静かになったり、そのゆらぎを聴いているとなんだか一つの音楽のように思えた。
それから、ドライブをしながら一緒に音楽を聴いた。友達はビギンやアンジェリーク・キジョーの曲を聴かせてくれたあと、最後に「これを聴いて欲しい」と、タテタカコという人の「そら」というアルバムの曲を何曲か聴かせてくれた。「この人の詩って、さっちの書く文章とどこか似てるんだよね」
歌はピアノの弾き語りだった。ピアノの音色に声に、引き込まれてく・・・。透明感のあるまっすぐな声と、一言一言に重みのある歌詞。最後に聴かせてくれた「あの人」という曲が始まると、急に自分の中の何かがこみ上げてきた。
・・・歌詞に感動してるんじゃない・・・言葉も音楽そのものになって、ストレートに心を突いてきた。閉まっていた扉が開いたみたいに、気がついたら私は自分でも信じられないほどしゃくりあげて泣いていた。やさしいけど激しさのあるその音楽が、泣いている私を包んでくれているような気がした。気がつくと隣で友達も泣いていた。
日が高くなって来た頃、友達と別れた。今回もまた、友達は私に素敵な出会いをプレゼントしてくれた。
今でもあの時開いた扉が締まりきらず、そこから何か優しい流れがあふれている感覚がある。
|