話し合いの結論はクジで
シンポジウムに行ってきました。テーマは「当事者主権」です。たとえば、福祉サービスを受ける本人にサービスの内容を決める権利があるという考え方です。その一方で、どこまでその権利を許容するのかというサービスする側の権利もある。そんな話をしながらの打ち合わせで、不登校の中高生と寝食をともにしているという大学助教授の方のお話が傑作でした。「携帯を持ちたい」という学生がいて、それを持ってもいいか、持たない方がいいかという話し合いをしたときの話です。「いいか、悪いかの結論がでなければ、何日も結論がでないまま話し合いが続きます。そうなると、『携帯を持ちたい』と言った学生の要望は、結果的にかなえられないことになるので、話し合いが長引けば長引くほど要望した人が不利になります。なので、うちでは抽選で使うガラガラで決めるんです。赤の玉が出たら携帯を買うというように。そのうえで、話し合いを続けます」。「それなら多数決の暴力に陥ることもない」と大受けで、「うちは丁半で決めよう」というグループもあったりで盛り上がっていました。
当事者が話す
シンポジウムがはじまり、パネリストが「当事者主権」について話した後、会場から不登校の体験をした人やその親、障害をかかえて苦労をしている人などの話がつづきました。最後に司会をした知的障害のあるN美さん(23才)が話しました。終了時刻を過ぎて話し始めたのですが、中学生のときにセクハラを受けてそれ以来男性がこわくなったという話から、高校でいじめを受けた話…とどんどん話がつづいていきます。15分ほど話して満足したようでした。聞けば、そんなふうに過去をふりかえる話をしたのは初めてだったそうです。会場の雰囲気に触発されたのでしょう。
言い尽くしたあとは…
圧巻は翌朝でした。N美さんが暮らしているグループホームに泊まったのですが、朝食のときN美さんがぼそっと「反撃してやる」とつぶやきました。食べ終えたころに「ちょっと言いたいことがあるんだけど…」と言います。反撃の相手は指導者のTさん(50代男性)でした。「Tさんの目つきがこわいときがあった」「戸の閉め方が悪い」とふだん気にしていたことをぽつぽつと話し始めました。Tさんは「ごめん、それは気がつかなかった。ほかにはない?」と次々と話を引き出します。N美さんは「あやまられても心がこもっていない」「感謝の気持ちがない」とTさんのことを指摘します。Tさんは「ラジオのことでぼくが怒ったことがあったよね。そのときからN美さんとの間がギクシャクしはじめたのはわかっていたけど、N美さんがそこまで思っていたとは気がつかなかった。悪かった」とあやまっていました。
Tさんによるとラジオ事件の概略はこうでした。いつもはN美さんを含めた3人の住人が聞きたいラジオ番組をうまく譲り合いながら聞いていました。でも、その日はN美さんとSさんが聞きたい番組ともう一人の住人Kさんの聞きたい番組が違っていました。そこで、Sさんが「わたしとN美さんの二人対Kさん一人やから、わたしらの聞きたい番組にして」とKさんに言いました。そこで、指導者のTさんがSさんに怒ったのでした。「多数決の暴力だ。戦後民主主義の悪いところだ…」と。かなりきつい調子だったので後ろで聞いていたN美さんが傷ついたのでした。
N美さんはその日のことで反撃したかったのでしょう。N美さんは「Tさんは人の皮をかぶった消しゴムのカス。あやまっても気持ちがこもってない」と言います。それを聞いて私は大笑いしてしまいました。「消しゴムのカスは傷つくなあ。消しゴムならまだ生きてる気がするけどカスじゃなあ…」とTさんは言います。「でも、そういうダメと言えるところがN美さんのいいところだよ」とTさんは続けました。下を向いて反撃をはじめたN美さんが、そのころから上を向いて話しはじめていました。
そのあとTさんが民主主義について解説をはじめたのですが、こんなむずかしい話が通じるのだろうかと心配する私をよそに、N美さんは視線を合わせて聞いていました。話が一区切りしたところで、今度はN美さんが虐待を受けていたお父さんのことを話しはじめました。前夜のシンポジウムの続きのようでした。一番話したかったのは親のことだったのかもしれません。横で見ていたら、最後はまるで父と娘のようにほほえましくさえあるTさんとN美さんでした。
他人の使い方
シンポジウムのコーディネ―ターだったMさんはグループホームの責任者で、指導者と利用者の間がギクシャクしはじめていたことに頭を悩ましていました。しかし、直接指導者に話をすると、偏った情報を元に攻撃的になると自覚しているので、シンポジウムの場を利用したかったのだと話してくれました。シンポジウムでは第3者がいるので、みんなが素直に話しやすい場ができたのだと言います。朝食のときも私という第3者がいることで、N美さんは恐れを超えてTさんに直接話すことができたのだそうです。伝えたいことがある、そのためにいろんな人を巻き込み、シンポジウムの準備をしてきた。そして、結果的には最高の形で悩みが解決の道を歩んでいる。Mさんの場への信頼と努力を惜しまない場の作り方に学ぶことの多かった二日間でした。
余波
上のような話をあるミーティングですると、「ボランティアでやっていたことが負担になってきた」と心情を語る方がいました。シンポジウムの展開に触発され、素直に話す気になったのだそうです。その方がそこまで負担に思っているとは気がつかなかった私は少々驚いたのですが、話してくれたことでやり方を見直すことができました。まるでシンポジウムが続いているような感じでした。
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