はじめに
本当に暑かった今年の夏は足早にゆき、心地よい風が夏の疲れを癒してくれます。運動会シーズンで、「ゆうこせんせい、運動会くる?」と子どもたちが声を掛けてくれます。この「げんきだより」、学生の最終テストのチェックと評価も締め切りがせまっていて、残念ながら運動会は厳しい感じです。子どもたちの元気な走りが目に浮かびます。と、同時に「まっすぐ走れるかな」「お母さんを捜さないかな」「抜かれても最後まで走れるかな」… 気になる子どもたちの走りが頭をよぎります。とらいあんぐるで練習したように走るんだよ。げんきだよりを書きながら応援しますね。
ここ毎日のように、恐ろしい事件が起き、もうどれがどの事件だかわからなくなりそうです。最近岡山市でも、小学6年生の男子が些細なことから同級生の腹部をナイフで刺すという事件がありました。新聞を読み、私は正直「そりゃ起こるよね」と思いました。この事件の加害者や被害者に特別な事情があったわけではなく、彼らはきっとどこにでもいる普通のかわいい子どもにちがいありません。この小学校がどうのとか、先生の指導がどうのとか、そんな話ではもう済まないところまできているのです。子どもの苛立ち、ムカつきは私たちの想像をはるかに超えています。子どもが集う所なら、学校・地域・とらいあんぐるでも、いつ起きても不思議でない子どもの状態があるのです。
玉野教室の場合、子どもたちは学校から直接やって来るので、学校での様子をそのまま引きずってきます。とらいあんぐるで何かがあってケンカになるというより、学校で何かがあって、苛立ちやムカつきをここでぶつけることも多いのです。一方岡山では、一度家に帰ってからやって来ますので、子どもの中で少し切り替えができているのかもしれません。しかし、子どもそのものに地域差はなく、キレている時の子どもは、同じ目をします。何か不安気で満たされない気持ちを抱えているような目です。気を引き締め、ひとりひとりの子どもときちんと向かい合っていこうと想います。私たちは未熟です。子どもを守る為に保護者の方と手をつないでいたいと想います。
第25回岡山県小学生体操競技大会
暑い夏休みの数日をこの大会に全力投球した子どもたち。体操だけを行っている他のチームに比べ、私たちはボールや縄跳びなど色々な運動遊びをしている為、体操の練習時間は半分以下です。しかし、なかなかやるのです。。
特に「鉄棒」は、毎年好成績を収めています。Cクラス初級では、一昨年さおりちゃんが1位になり、それに憧れたかほちゃんは昨年3位、今年は「かほちゃんの鉄棒をする」と言い切ったかなちゃんとけんたくんが2人揃って同点2位。このクラス200人以上の参加者の中でたいしたものです。もちろん、その他の子どもたちもそれぞれの持てる力を発揮し、「オレだってやるときはやる」とらいあんぐる魂を見せてくれました。
集中レッスンで、倒立前転がうまく出来ず悩んでいたしゅんぺいくん、毎日家でも練習しているのだけれど、怖くてひとりでは倒立になれないのです。腰を引いたまま前転してしまい、足が真上に上がってきません。補助をして何度も倒立の感覚を覚えます。それから、怖くても腰を引かないことを伝え、ひとりで練習するのですが、急いで回ろうとして腕を曲げ、何度も頭から落ちます。危険な落ちかたではないので、それでも繰り返し練習するしかありません。去年のしゅんぺいくんなら、泣いて、もうしないと言ったでしょう。強くなりました。練習すれば確実にうまくなります。とても上手な倒立前転になりました。来年はロンダートを完璧にすると今から家でも練習しているそうです。
初めての参加を決める時、あっさり「でる」と決める子どももいれば、あかねちゃんのように、試合前日まで迷う子どももいます。彼女は、ユニフォームのレオタードが問題だったのです。「何であんな水着のようなもの着るの?」あかねちゃんの言うとおりです。「でも、体操服よりからだの動きがよくわかるし、かっこいいよ。」どう言われても、彼女は恥ずかしくて、イヤなのです。集中レッスンはTシャツと半パンでし、本番は本人にまかせることにしました。私の用意した選択肢は3つです。「試合を棄権する」「Tシャツ、半パンで出る」「レオタードを着て出る」…自分の意志で決めるように話しました。試合直前練習の時、やって来た彼女はレオタードを着ていました。「あっ、あかねちゃんがレオタード着てる。かわいいな。」「似合っとるが。」「しーっ、気にしたらいけんから知らん顔しとこ。」さおりちゃん、まゆちゃん、かほちゃん、しょうちゃんたちの言葉にやさしい気遣いが伝わってきました。
ゆうきくんは、普段はなんなく跳べている跳び箱が、種類が変わると跳べなくなります。高さは規定で決まっているのですが、跳び箱によって幅や長さがいくらか違うのです。桃太郎アリーナの跳び箱は少し長く大きく感じられます。それが気になるのです。昨年もそれで、うまく跳べませんでした。今年、同じ失敗をさせるわけにはいきません。練習中、何度跳んでも気持ちが負けているゆうきくんに、私は怒鳴りました。「絶対跳べる。跳べ。」初めて怒鳴られた真面目な彼は黙って頷くと、思い切り走り始めました。この走りを見たとき私は、跳べるのを確信したのです。ここまできて、もう私にできることはありません。本人が跳ぶかどうかそれだけなのです。「今年は跳べた」それは、大きな自信になって来年に続くでしょう。
試合は緊張します。一番小さい子どもたちのグループ(Cクラス初級)は初めての子どもも多く、小さいからだから、心臓のバクバクが聞こえてきそうです。最初の床運動を何とか無事終え、次の跳び箱に種目移動する準備をしていた時です。たいせいくんが訴えました。「ゆうこせんせい、おしっこ。」 「ゲーッ、何、何?」「おしっこ」… 私はとっさに周りの状況を見ました。 まだ鉄棒は他のチームがやっている。済むまで時間がある。わがチームは次、跳び箱で、その主審は運良く秋田緑。「あっ、行ける。今だ」取り敢えず、審判席にいる緑に身振り手振りで合図を送り、子どもたちに、ここを動かないことを伝えました。そして「行くよ」とたいせいくんの手を引いたその時、「そんなことなら、オレも行く」1年生のけんたろうくんが乳歯の抜けた愛らしい顔で、ズボンの前を押さえていたのです。ふたりの手を引き、非常口から一番近くのトイレに駆け込みました。必死で戻ってきた時、すでに種目移動が始まっていて、残された18の小さな瞳が不安そうに私たちの帰りを待っていました。
難しいBクラスに出場した4人の6年生。選手コースで毎日のように練習をしている人たちを相手に、週1・2回のとらいあんぐるで、よくやりました。ゆきちゃんの床運動、平均台の入賞をはじめ、あいちゃんも0.05という得点差で7位、入賞は逃しましたが立派です。しょうたくん、ゆうひくんは、女の子より更に難しいBクラス上級にチャレンジしたので、技をこなすことが本当に大変でした。そんな彼らを頑張らせている私は…というと、小学生の頃、何一つとして頑張っていることはなく、夏休みの終わり、必死で宿題をする以外は、ただただ遊んでいました。今のように、子どものコンクールや試合がない時代だったのです。偉そうなことは言えませんね。みんなの方が頑張り屋です。
汗だくで練習をし、大会に挑んだ31名の子どもたちに、心から拍手を送ります。そして、全ての試合が終わった時、2階の応援席から身を乗り出し、退場している子どもたちと私に向かって、「お疲れさま。みんなよかったよ。よく頑張ったね。」と大きな声を掛けてくれ、大きな拍手を送ってくれた、とらいあんぐるのお母さんたちの暖かさは、私の全身の疲れを溶かしてくれました。
たかくんの運動会
電話が鳴りました。たかくんのお母さんです。「ゆうこ先生、聴いてください」で始まった運動会の話に胸が詰まりました。たかくんは高機能自閉症というハンディを持った6年生です。小学校最後の運動会をすごく楽しみにしていました。とにかく頑張って練習したので、それを大好きなお母さんに見てもらいたかったのでしょう。お母さんは運動会を見て、全てを納得したのです。
心配なリレー、ピンクのはちまきと聞いていたので、たかくんを探すのですが、見つかりません。次々と子どもがスタートラインに立ちます。でも、クニャクニャするはずの彼がいないのです。その時、自分の目の前をダッーと走っていく姿にハッとしました。たかくんです。まっすぐ前を見、懸命に走る姿にお母さんの目は釘付けになったのです。
そして気になる組体操です。逆立ちがあるのですが、たかくんから「ボクは補助倒立をするんだ」と聴いていたそうです。一体どんな倒立かと思っていたら、先生が彼の足を一度持って、それから友だちに手渡してくれたそうです。全ての技を終え、最後は馬跳びでの退場でした。彼は最後の力をふりしぼり跳び続けたのです。不思議なことに、何も知らず、とらいあんぐるでは最近「逆立ち」「馬跳び」を練習していました。やっていて本当によかったです。
実は、たかくんもお母さんも一番プレッシャーだったのが閉会式でした。全生徒の代表で参加賞を受け取りにいく役がたかくんだったのです。立候補者を募った時、彼も手を挙げました。そしてジャンケンの結果、彼は勝ちました。お母さんが笑いながら言われました。「ほんと、ここぞという時は強いんです。こういう子は邪念がないから。」…シーンとした運動場でたかくんがピッピッと動きます。無事、校長先生から参加賞を受け取り、担任の先生の待つ所へ向かって帰り始めたその時です。「たかーっ」と誰かが叫びました。驚いたのはお母さんだけではありません。たかくん自身、その声に戸惑い振り返りました。しかし、彼は慌てることなく先生の方へ帰っていきました。なんと、その声はたかくんのお兄ちゃんでした。お母さんは、後でお兄ちゃんに訊きました「なぜ、たかを呼んだの?」彼はこう答えたのです。「ちがう人だと思った。たかではないと。そしたら、思わず呼んでたんだ。たかだった。感動したよ。」
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