9月14日,倉敷市民会館で1日中開かれたべてるの集いは,北海道から11名のメンバーが来てくださり,にぎやかで笑いがいっぱいの会になりました.午前中は「ベリーオーディナリーピープル」の上映とメンバーさんたちの病気紹介,午後は歌のあと,いくつかのグループに分かれてワークショップを開きました.参加者は300名以上,午後遅くになっても帰る方は少なく,そのまま会場でべてる流生き方を堪能されていたようです.
私は,受付係でほとんど中に居れなかったにもかかわらず,すごく充実した感じがしました.お話が聞けなくても肌で楽しめたっていうか.そういう自分に気づいてとてもうれしくなりました.その時々には失敗も多かったけれど,終わってみれば極めて順調.なんか,ほんまに楽しかったという思いだけが,今,残っています.
まだまとめの冊子ができていませんので,実行委員会の城内さんからもらった感想の一部と山陽新聞の記事とで報告とさせていただきます.
代表の早坂さんに参加者から質問が出ました。
「したくなければ、しなくて良い。もしも「べてるの家」の仲間達全員が「したくない」と作業を放棄したならば、どうなりますか。」
早坂さんは、ニッコリと笑いながら「それは素晴らしい質問ですね。皆が「したくなければ」しなくていいんですよ。でもね、皆が「したくない」と言って放棄したとしても、誰かが結局するので、万事うまく動きますよ。そんなものです。」と答えます。
「ともかくも、あなた任せの、年の暮れ」
一茶の句です。一年間、しなくては成らない事を自分成りに全てして、一年の暮れを迎えるとき、自分をこの世に出した神と言うか、大自然・見えない力に対して全てを託し、感謝をしながら年の暮れを迎える句であります。
きっと「べてるの家」の人達も、そんな感じで自分達の「活きる」と言う事柄にその人なりに集中し、そして後はすべてを全体に託し生活を続けているのでしょうね。
「したくなければ、しなくていい。でも、誰かがしますよ。」
一見聞くと無責任なふうに聞こえます、でも仲間達を信用し、全体を信用し、その中の一員としての自覚があって始めて言える言葉ではないでしょうか。
核家族が一般的になり、マンションでも隣の人が誰だか分からず、同じ階に居ながら不幸・お祝いがあった事も分からず生活を続ける私達にとって、としても新鮮な話しに聞けました。
「べてるの家」って、私達が失いかけているとても重要な物をさりげなく大事にしている集団なのかも知れませんね。
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