体育館の床に男の子たちが輪になって寝転がっている。その足を捕まえ、輪の外から女の子が次々と引きずり出す。男の子は「キャーキャー」と悲鳴にも似た歓声を上げていた。
これだけ書くと、何のことやらよく分からないが、実はれっきとした小学五年生の体育の授業風景だ。その名は「体ほぐしの運動」。昨年春から全国の小、中学校で必修になっており、小学五年生以上の子どもは必ず習うという、メジャーな運動なのである。冒頭に挙げた「ザ・引っこ抜き」だけではない。他にも「体じゃんけん」「かごめかごめ」「だるまさんが○○した」など、私たちが子どもの頃、遊びに取り入れていたようなさまざまな種類の運動が授業に使われている。
岡山市内の中学校の授業も見学させてもらった。二、三年生の女子が腕を組んだり、背中を合わせたり、お互いの体をさすったりしている。童心に帰ったように、彼女らもキャーキャー言いながら互いへのタッチを楽しんでいた。人前で踊ったり表現したりすることに恥ずかしさを覚える世代の子どもたちが、ワイワイと無邪気に歓声を上げる様を見て、ある種、目からうろこが落ちるような感覚にとらわれた。
なぜ、このような授業を取り入れる必要があったのだろうか。前・岡山大教育学部教授で舞踊教育が専門の村田芳子さん(現・筑波大助教授)が教えてくれた。ていねいに書くとあまりにも長くなるので思いっきり端折るが、要は、今のままでは子どもたちの心と体がどんどんぎこちなくなり、固く閉ざされたものになってしまうのでは、という危機感が学習指導要領改訂の際、関係者の間に噴出したらしいのだ。そこで、だれにでもできる簡単な運動によってクラスメートの体を感じ、自分との違いを知ることで、さまざまなストレスによって固くなった心と体を互いに解きほぐそう、と「体ほぐしの運動」が取り入れられたという。
確かに私たちが日常生活を送る中で、他者の体に直に触れ、意識する機会って、どのくらいあるだろうか。わが身を思えば、夫婦、親子間でさえもスキンシップの機会はそんなに無い、といわざるをえない。遊びの時間が減った子どもたち同士の触れあいなど、なおさらだろう。ヒトはまず触れることによって、他者を他者として意識する、といわれる。そうした積み重ねを経験せず、他者を他者と感じることができないからこそ、あの長崎の中学一年生は、ビルから四歳の子どもを突き落とすことができたのではないだろうか。
新・学習指導要領では授業時間数を減らし、教える量も減らし、円周率は「3」になった。その一方で、指導要領に示されているのは最低基準であり、もっと個々の能力に応じたクラス編成や授業も取り入れなさい、と求めている。かなり支離滅裂なことを文科省は言っていると思うが、「中には大切なことも盛り込んでいるんだな」というのが、体ほぐしの運動について調べ、抱いた感想だ。
ただし、限られた授業の中で友達と触れ合ったくらいで、危機的な現状が「変わる」と確信できる人はそう多くないのが現実だろう。頻発する少年事件の報道に接するたび、子どもを追いつめる「何か」を根本的に変えない限り、私たちの社会は彼らの体と同様に固く閉ざされ、袋小路へ追い込まれていくような気がしてならない。
|