5月8日(土)9日(日)この2日間は,平井雷太氏と清水義晴氏をオブザーバーに迎えてのまちづくり教育シンポジュームに参加していました.
久々にお会いできた方やはじめてお会いできた方も居て新鮮でした.
普段使わない感覚を刺激してもらいました.
◇ ◇ ◇
1日目は「地域の茶の間」をはじめ他2本のビデオを見ました.ビデオは「誰でもが気軽に気兼ねなく集える場づくり」「拓かれた学校づくり」「自分が自分でいられる場所」などがテーマで,どのビデオも人とのつながりや立場を超えてといいますか,その立場だから共感を得ることが出来て,やってきた、それらのプロセスもドラマでした.
子どもが学校づくりに夢を馳せている場面は,ジーンときました.学校に夢がもてたらどんなに楽しいだろうかと思えたからです.
学校づくりのプロセスに子ども自身が関わることが出来る事自体,もうすでに変化の芽が出てることですが,親・教師・地域が立場を超えてつながれることに感動です.
「あきらめない なんとかなるよ
夢は夢じゃない
持ち続けてこつこつ運動すれば
実現するよ
目の前にはいつも未来がある」
以上は,映画のことばだったか,清水さんのことばだったか,書きとめておいたことばです.
そのあと,平井さんから清水さんへの公開インタビューを行い,平井さんがまとめたものを読み上げた後,参加者全員に清水さんのインタビューのまとめ若しくは感想などを言ってもらいました.(言いたくない人はパスもあり)
ほぼ全員の方が書いたものや感想を言われたのですが,ひとりひとり捉えるところや切り口の違い,表現の仕方などその違いが面白くて,みんなすごいなーとただただ感心してしまいました.
そして、ひとはみんな表現できるものを持ってるんだ,場が確保されると表現したいんだなーということを感じました.
◇ ◇ ◇
午後は平井さん清水さんへの質問から始まって,今度は清水さんが平井さんへ公開インタビューをしました.清水さんから平井さんへの最初の問いは「もっとも今興味のあることは」という問いでした.
平井さんの興味のあることは祭事でした.
「祭事」で祭事とは「まつりごと」でもあり,「さわぎ」(イベント)とは違うという話をされました.
さわぎは決まったことをこなすようにやる、これでは人は育たない,これに対してまつりごとはプロセスを大事にしながら,気づき学びが生まれていく、その中には自発性がうまれ、それで人が育っていく。
祭事は持続可能であり、司祭がいる,司祭とはコーディネーターのこと.
司祭が誰でも出来るというのがいちばんいい.
その場にいるみんながコーディネーターで,情報が生まれる場になる.
そういったものに興味があるというお話しでした.
いろんなものを常にそういう視点で捉えてるんだなー,平井さんはーと思いました.
そういえばまつりごとって「 政 」って書くんだよねー
清水さんから「仲間作りの選挙」のことを少し伺うことができました.キーワードで「負け続ける」というのがあったのですが,勝ち負けという対立関係をつくるのではなく,関係をつくっていくことが大事ということで,警察まわりを議員さんと一緒にして,頭を下げてまわられたりされたそうです.
本当に大事と思うことのために,負けることの方が勝つことにつながるというお話でした.まー勝ち負けってレベルでなくなるということでもありますが.
私にとって負けるとはどういうことなのかな?
やっぱり「謙虚さ」ってことだろうか.
自分にも周りにも負けたくなくてついついわかってるつもりで事を進めている気がしてきました.
「できる」とか「わかる」とか,外側に向けてしまうと傲慢な気もしてきました.
できるって?
わかるって?
どういうことなんだろう?
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夜の部・・のあとロイヤルホストで,清水さんに具体的に「仲間作りの選挙」について伺いました.
キーワードは「本気!」
それまでは助役が市長になるパターンで,その助役は裏でよくないことをしていたのを,清水さんのお友達の新聞記者の方は突き止めて,それではいけないということで自ら出る決心をされたそうです.
まずは名簿作戦から
そしてミニ集会や人の集まるところに出かける
街頭演説などこなしていき
ワークショップで政策立案もされたそうです.
いままでの組織にしばられた票のつなぎ方でなく,ひとりひとりに共感が生まれていく選挙活動,つながりで自身が選んでの投票.
今のままではいけないという「本気」が伝わった,また、伝えなくては!という思いだったのだと思います.
仲間を増やすことが,仲間作りが,選挙運動だし、それが選挙で当選する方法,仲間を増やすことが選挙活動,そんな思いで共感者を増やしていく活動だったのでしょう
倉敷市でも4月末に市長選が行われ, 2月末の事務所開きの時には優勢とされていた現職さんが落選. 4年間地道に積み重ねてこられた方が当選しました.これは市民からの現職さんまた現状への赤入れだと私は思いました.
このままではNOという市民の内なる声なのです.
その思いがカタチになったのです.
どのように変わるのかわからないけど,変化に期待したいと思っています.来年には市議選もあるし・・.
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2日目
朝なかなか起きられなくて,
夜遅かったのもあるでしょうがそれだけではなく,体が「起きたくない」と言っていました.
不登校の子どもの気持ちがわかるー
講座へ行きたくないんだーと思いました.
なぜ行きたくないか
なんだか自分に突き詰められるものが,あるような気がするから、痛い思いはしたくないとかね.
普段使わない感覚を使うから疲れるとか,が、あったのだろうと思います.
けれど9時前には目的地に着いていました.
講座ではまずインタビューゲームから始まりました.
私はOさんとインタビューをしました.
まとめを読み上げた後の感想ではいえなかったけど
人生の奥深さを感じました.
時代背景といいますか
私は経験したことがないし
これからも経験しないことだろうけど
その方のお話をとおして自分の体を通過する感覚がおもしろかったです.
素敵な出会いでした.
ペアリングが絶妙で
なぜかその日その時お互いに必要な情報が共有できるようなペアになっていたように思います
とても不思議でした.
一連のインタビューゲームの作業の中で
「考えずに」やるといわれたけど
それが出来ない自分が居ました.
とくに書くところ――まとめなきゃって思うし,事柄を追ってしまって
相手の内側からにじむものが表現できたかどうかなと思うのですが.
みなさんには大うけに受けていたのでそれもありだったでしょうか.
考えないで書くことができていない自分を確認しました.
最近は頭を使ってすることの多かったこと!
考えて考えての作業が多かったこと!
最近壁にぶちあたることが多くて苦しい.
そこらか抜け出せない.
特に場のコーディネートというかファシリテートというところで.
うまくやりたい自分が居てうまく出来ない自分と直面せざるをえないから.
場の活性
各自が能動的に関われ
自由な雰囲気で発言が出来
動きにつながる場にしたい
そうなったらいいなと思うのだけど.
方法論ではなくて関係性の問題なのかなーなど
考えてしまう(頭で考えちゃうの).
◇ ◇ ◇
講座の中で「宿題感」がテーマになりその中で,場のコーディネートということでは,
方法論的には
・自分で選ぶ
・本人の確認了解が大事
・現場を知るために聞く、実態調査など
という事柄、ま、ポイントですが出ました.
これをどう現場で活かすかということになるのかな.
場を見ながら場はライブなので,やりながらってことでしょうか.
インタビューの醍醐味みたいな話も出ました.
◆インタビューゲームは「壁を破る」
・相手と自分との壁をとっぱらっちゃう(対等な関係になる)
・自分の固定観念の壁をこわす(自分はこうなんだという固定観念を相手のインタビューによりくつがえされる)
・自分はできないという壁を破る(書くこと・話すことなど苦手と思っていることでも誰でも出来てしまう・・評価がないから)
さらに
「なぜインタビューをやるのか」
「インタビューゲームを使って何をやりたいのか」
「インタビューゲームで何を伝えたいか」
という問いにどう答えるか.という問いが平井さんから出されました.
自分になぜと問うこと
普段はあまりやらないことだと思いました.
そして、問題にならないことは深く考えないものなのだということも思いました.
宿題の話題になったとき
うちの子はかろうじて自分でやっていて
私は手出し口出しをしなくてすんでいます.
けれど,子どもが宿題をやっていかない親御さんにとっては,とても関心ごとです.
宿題をやっていかない
担任の先生はそんな子どもにどう対応するか
親はどう対応するか
ふっとは思い浮かばなかったです.
平井さんは
「その宿題がその子にとって必要かどうかは,その子が自分でわかる」
子どもや宿題をそういう視点で見ることで対応は違ってくるということを言われました.
宿題のことひとつで結構盛り上がりました.
先生からの立場・親の立場,いろんな見方がありました.
で、子どもの成長という視点で見ると,平井さんの言われることに集約されるのでしょう.
◇ ◇ ◇
全体を通じて・・
自分の今の壁に,こうやって書くことで気づいていきました.
「こんな自分でありたい」でも
「自分の思う自分じゃない」
そのギャップが許せないというか,もどかしいというか
出来ない自分を見るのが嫌だし
そんな自分をさらすのも嫌なんだ.
平井さんは自分で自分のこと(課題)に気づくことからだといわれたけど
足りないものを自覚することで自分の必要なことがわかるといわれたけど
そっから自分の壁を破っていけるのかなー
と?クエスチョンマーク.
頭で考えてこうならなくっちゃーの世界で生きていて
狭くなっていたなと思えたことと
場数を踏むこと、関係性をつくっていくこと
伝えたいことをきちっと持っておくこと
そこがブレなければあとは
場に沿っていけばいいのかな.
自分の課題は自分しかわからないから
自分で取り組むしかないよねー.
誰も私の課題を解決してくれる人はいないんだから
解決できる人もいないんだから
自分の課題に取り組むかどうかは自分で決めるしかない.
自分しか決める人もいないし
誰かが決めてくれるわけでも
決められるわけでもない.
やるって決めた次点から何かが変わっていく.
問題と向き合う覚悟ができて
腹が据わったら人は変わっていくものなのだ.
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