47 えと・おーるつうしん47号 [2006.07.31] ■げんきだよりNo.51
■最近のいろんなこと22
■あさがお新聞vol6
■口先徒然草


*最近のいろんなこと22*               by S.T

実家の倉敷から兵庫県に移り住み、病院で音楽療法士として働きはじめて3年目になりました。日々の中で感じたいろんなことを書かせてもらっています。一人暮らしの家の周りには自然がいっぱい。食べ物も風景も、季節感にあふれています。先日、とても月がきれいな夜がありました。部屋の電気を消して、大好きなドビュッシーの「月の光」を聴きながらベランダから月を眺めました。静かな虫の声も聞こえてきて、なんだかとても穏やかな気持ちになりました。

ふたつのコップ

「あのね、あなたのことを一人の人間として見て、相談したいことがあるのよ。意見をちょうだい。」
と、先日おばあちゃんから電話がかかってきた。
おばあちゃんは今年の一月に、何の前ぶれもなく倒れて、緊急手術をした。
そこで、おばあちゃんにガンがあることがわかった。
手術は成功してガンはとれたけれど、再発を防ぐために抗がん剤を強く医者から勧められた。
おばあちゃんは最初抗がん剤の服用を嫌がっていたけど、医者や家族の勧めでしぶしぶ飲み始めた。
でも、抗がん剤の副作用で身体がだるかったりめまいがしたりして、今までのように元気に活動することが難しくなってきていた。
相談の内容とは、抗がん剤の服用をやめることについてだった。
再発するかどうかもわからないガンを恐れて抗がん剤を服用し副作用に苦しめられるよりも、たとえ短い期間だっていいから自分らしく元気にいたい、とおばあちゃんは言った。
「やれることを精一杯やれる状態でいたいのよ。
でも、このままだとそれが出来ない。
抗がん剤をやめて、それで生きられる時間が短くなったとしても、後悔はしないと思うの。」
私は、そのおばあちゃんの考えに共感した。
意志が強くて、自分が納得しないと気がすまない人だから、そんなおばあちゃんらしくいて欲しい。

私もその考えに賛成だということを伝えると、おばあちゃんは「あなたもそう言うと思ってた」と、少しほっとした声になった。
そして、ぽつりぽつりと、あるお話をしてくれた。
「これはおばあちゃんが一人で考えた、へんてこな話だと思って聞いてね。
 人がこの世に生まれてくるとき、みんな2つのコップを持ってくるのよ。
 一つのコップには水がいっぱいに入っていて、もう一つのコップは空なの。
 そして、生きていくにつれて、水の入っているコップから空のコップにだんだんと水がそそがれていくの。
 水の入っているコップの方が空になったときに人生が終わるんだけど、
 でもね、その時もう一つのコップには、注がれた水以上に沢山の水があるのよ。
 その水はね、人から親切にされたときとか、幸せを感じたときとかにも、コップに注がれるの。
 だからね、コップには水が沢山注がれていっぱいになって、あふれだしてくるの。
 そのあふれだした水をね、おばあちゃんは他の人のコップに注ぎたいの。
 そして水を注ぎ終わったら“あぁ、終わったなぁ”って、この世を離れていけると思う。
 だから、最後まで精一杯することができる状態でいたいと思うの。」
その話を聞いていて、途中から涙が溢れて止まらなくなった。
悲しいのではない、よくわからないけどこみ上げて仕方がなくて、
最初はおばあちゃんに気づかれないように泣いていたけど、押さえ切れなくなった。
小さい頃から、おばあちゃんと私は大の仲良しだった。
就職して離れて住むようになってからいっそう、いろんなことを話したりして、関係は深くなったと思う。
時々、おばあちゃんと私はお互いのことを分かりすぎる。
電話の向こうから、おばあちゃんは泣いている私に優しい声で、

「さっちゃんは、本当に、やさしい子だねぇ。
 その涙も、コップに注がれるんだよ。」


と言ってくれた。

抗がん剤をやめて数週間。
おばあちゃんにはいつもの元気と笑顔が戻ってきて、調子もいいみたい。
いつも若々しく元気で、私の大好きなおばあちゃん。




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